散歩・京都・二条城 

〜晴れた日にはつむ散歩〜   

京都を散歩、二条城・京都御所

       

2011年春 古都・京都を散歩そのA
二条城・京都御所をぶらり旅


 2011年3月に京都を散歩。二条城は大政奉還の行われた場所ですね〜その大広間がそのまま残されており圧巻でした。なんかその緊張感が残ってるんです。この日は寒くて雪が降りました。春はもうすぐですね。
京都御所で梅の花が咲いてましたね!
         



                                           

★京都をぶらり散歩〜京都といえば二条城






さ〜て、まだまだ歩きますよ〜。
次に向かうは二条城ですよ。





おっと、その前にこんなお店が・・・。
さすが京都でしょ。
刀剣屋さんがあるなんて・・・これいくらだ?





みえてきた〜見えてきました二条城。





雪がふってきましたね〜。
ここが正面入り口です、さてはいるべ。





この中は撮影禁止なのが残念ですが、なんとあの大政奉還の大広間がありました。
人形が配置されて大政奉還の場面を演出しています。
すげ〜って感動してしまいました。
あの歴史の有名なシーンがここで行われたんです。


ちなみに二条城は本能寺の変で織田信長が殺され、長男の織田信忠が殺されたのが
ここ二条城です。ところがどの解説看板を呼んでも織田のことは書いていません。
徳川ばかりです、、何かありますよ。





天守閣跡にのぼってみよう!
息がきれそうだ・・・運動不足か?





・・・と思いきや雪がふってきた、っていうか吹雪だし・・・。





そんなときはこれ、甘酒です。
体あったまるね〜。





さて、再び東にむかって歩き出します。
そこには京都御所があるからです。





京都御所です。ひたすら広いです・・・。
目指すはあの蛤御門です。





梅が咲いていました。
春は近いですね〜、でも雪がふってこちとら寒いわい。





ここです、いわゆる「禁門の変」がおきたのがこの場所です。
会津と薩摩が守る門を長州が、天皇保護を目的に戦いましたが
皇居に向かって発砲したことで賊軍扱いの汚名をもらいました。





これが門に残った弾痕です。
まだ残ってるんですね、明治維新って最近ですね。





説明の看板もたまにはのせますか・・。





しかしひろいな〜。
手前の木あたりで長州藩・来島又兵衛が討ち死にしたといわれています。
彼もここで死ななければ明治維新後、活躍してたでしょうね。





中森明菜もびっくりの看板だな・・・ハッハぁ〜。



【新島襄旧邸】

りっぱなおうちですね〜。
同志社大学





オフィスビルの片隅にこんな堂々とした像がありましたよ。
ここは長州藩の館跡だそうです。
土佐藩館などもそんな遠くないところみると、このあたりが大名屋敷が集まってたのかな。





こんな感じのオフィス街です。



【瑞泉寺】

ここは注目ですよ。
悲運の人・豊臣秀次のお墓があるようです。
はいってみましょう。



【豊臣秀次お墓】


秀次は、秀吉に自決に追い込まれます。
秀吉に子供ができて、養子の秀次が邪魔な存在になったからといわれています。
自分の子供はかわいいのはわかりますが、秀次にとっては非はなく気の毒としか。





秀次のお墓を囲むように秀次一族のお墓があります。
秀吉は一族皆殺しにしたようです。
写真をよ〜くみてもらうとわかりますが、10代〜20才前後が多いです。
五条あたりで処刑され、死体は穴をほって埋められたそうです。
権力者は正常な神経をなくすのか、それとも戦国の時代の習いなのか・・。


つづく!

                                            
   

 

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